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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)4311号 判決 1989年5月24日

主文

一  被告阪口清次は原告に対し、金三〇四六万六〇〇〇円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の土地建物を明け渡せ。

二  被告阪口工業株式会社は原告に対し、金三〇四六万六〇〇〇円が被告阪口清次に支払われるのと引換えに、別紙物件目録二記載の建物(別紙建物図面の二階ア、イの部分は除く。)から退去せよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は五分し、その一を原告の負担、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り仮に執行できる。

事実

一  原告の求める裁判

1  被告阪口清次(以下「被告阪口」という。)は原告に対し、別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)を明け渡せ。

2  被告阪口は原告に対し、昭和六二年二月二一日から右明渡しまで一日五万円の割合による金員を支払え。

3  被告阪口工業株式会社(以下「被告会社」という。)は原告に対し、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)から退去せよ。

4  被告会社は原告に対し、昭和六二年二月二一日から右退去まで一日五万円の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  仮執行宣言

二  被告らの求める裁判

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  原告の請求原因

1  原告は昭和六一年三月五日被告阪口から、本件土地建物を、代金一億八〇四六万六〇〇〇円、同年九月三〇日に本件土地建物引渡しと代金完済とを引換えに行う約で、買受ける契約をした(以下、この契約を「本件売買契約」という。)。

2  被告会社は遅くとも本件売買契約以降、本件建物を事務所等として占有している。

3  原告は被告阪口に代金として、契約時に六〇〇〇万円を、同年四月一一日に九〇〇〇万円を支払い、同日被告阪口より本件土地建物につき所有権移転登記を受けた。

4  右明渡し期日は、被告阪口の申出により、順次、昭和六一年一〇月二二日、一一月一五日、一二月二〇日、昭和六二年二月二〇日に延期された。

5  右延期を約するに際し、被告阪口は、原告に対し、残金の支払いは明渡しの確認後でも良いと述べ、同時履行の抗弁権を放棄した。

6  原告は昭和六二年二月一九日被告阪口に対し、同月二〇日の期限に残金を銀行振出の小切手で支払うから、被告阪口は本件土地建物を明渡すように催告したところ、同被告は残金を受領する意思はなく、期限に明渡しができないと回答した。

7  被告阪口は昭和六二年三月三〇日原告に対し、本件売買契約を解除する旨の内容証明郵便を発送し、この郵便は同月三一日に原告に到達した。

8  被告らは原告の催告と残代金の提供にも拘らず、本件土地建物の明渡しを故意に引延ばし、この間既に受領した代金を利用し、他方原告は代金支払いのための利息を負担させられている。これは原告に対する不法行為である。

9  被告阪口は被告会社の代表取締役であるから、被告会社が本件建物を明渡すように努めるべき義務があるのに、悪意重過失によりこの義務を怠っている。

10  原告は被告が本件土地建物を明渡さないことにより一日五万円の損害を受けている。

11  被告阪口は昭和六二年二月一九日原告に対し、本件土地建物の明渡し遅滞の損害金は一日当り五万円とすることを約した。

12  よって、原告は被告らに対し、次のとおり求める。

ア  被告阪口に対し、本件売買契約に基づき、本件土地建物の明渡し、

イ  被告阪口に対し、本件売買契約不履行、民法七〇九条、又は商法二六六条の三第一項に基づき、昭和六二年二月二一日以降右明渡しまで一日当り五万円の割合の損害金の支払い、

ウ  被告会社に対し、本件建物所有権に基づき、本件建物からの退去、

エ  被告会社に対し、民法七〇九条に基づき、昭和六二年二月二一日以降右退去まで一日当り五万円の割合の損害金の支払い

四  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。ただし、本件建物のうち二階北側二室は占有していない。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実は認める。

5  請求原因5の事実は否認する。

6  請求原因6の事実は否認する。原告は残代金の支払いの提供をしたことはない。

7  請求原因7の事実のうち、内容証明郵便を発送したことは認める。その到着日は知らない。

8  請求原因8は争う。

9  請求原因9のうち、被告阪口は被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余は争う。

10  請求原因10は争う。

11  請求原因11は認める。

五  被告らの抗弁

1  被告らは残代金三〇四六万六〇〇〇円と引換えでなければ、本件土地建物の明渡し、退去をすることができない。

2  被告会社は昭和四一年四月一日被告阪口から、本件建物のうち二階北側二室を除く部分を、賃料一か月七万五〇〇〇円の約で賃借し、その後この部分を占有して来ている。この賃料は昭和五一年四月一日以降一か月一五万円に値上げされた。

六  抗弁に対する原告の認否

1  抗弁2は否認する。ただし、被告会社が本件売買契約以降は本件建物の少なくとも一部を占有していることは認める。

七  原告の再抗弁

1  本件売買契約に際し、被告阪口は被告会社の代表取締役として、原告に対し、被告阪口が原告に本件建物を明渡すべきときには、被告会社はその占有部分から退去することを約した。

2  原告は平成元年三月一三日被告らに対し、原告の昭和六二年二月二一日から平成元年三月一一日までの明渡し遅滞の損害金債権(請求原因12イ)と、被告阪口の残代金債権とを対当額で相殺する意思表示をした。

八  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は否認する。

九  証拠<省略>

理由

一  被告阪口の明渡義務

1  請求原因1、3、4のとおり、原告と被告阪口との間で本件土地建物の売買契約がされ、代金一億五〇〇〇万円が支払われ、履行期日が延期された等の事実は当事者間に争いがない。

2  被告らの同時履行の抗弁に対し、原告が被告阪口がこの抗弁権を放棄したと主張する。

しかし、<証拠>によると、当事者間で請求原因4のとおり期限の延期を約した書面でも、残代金の支払いと明渡しは同日に行うと約されていること、当事者間で昭和六二年三月三一日まで明渡しを猶予することを約した書面でも残代金の支払いは明渡しと引換えに行うことと約されていることが認められ、本件全証拠によっても原告の右主張は認めることができない。

3  原告は請求原因6、7のとおり、被告阪口が期日に本件土地建物の明渡し、代金の受領を拒否したと主張する。

仮にそうであったとしても、被告阪口がその後本件訴訟において、明渡しが代金支払いと引換えになされるべき抗弁を主張することを妨げられるものではない。

4  原告は残代金債務と明渡し遅滞の損害金債権との相殺の意思表示をしたことは当裁判所に顕著である。

しかし、明渡し遅滞の損害金債権の認められないことは後記三に判断のとおりであるから、原告の相殺の主張は理由がない。

5  本件売買の代金は一億八〇四六万六〇〇〇円、支払額は一億五〇〇〇万円であるから、代金は三〇四六万六〇〇〇円が、残存していることになる。

そうすると、被告阪口は右残代金の支払いを受けるのと引換えに、本件土地建物を明渡す義務がある。

二  被告会社の退去義務

1  <証拠>によると、被告会社は本件建物のうち、別紙建物図面の二階ア、イの部分は使用していなかったが、その余の本件建物部分は本件売買契約以前から被告阪口より賃借して現在までこれを占有していることが認められる。

2  <証拠>によると、被告阪口は被告会社の代表取締役であること、すでに被告阪口が受領した売買代金一億五〇〇〇万円の大部分は被告会社の債務の弁済に用いられたこと、被告阪口は、本件売買契約交渉の際から本件訴訟提起に至るまで、被告会社が賃借権を有するため被告会社は明渡せないと原告に述べたことは全くなく、被告阪口は被告会社も退去させて明渡す意思であったこと、それで被告会社代表取締役の被告阪口と原告との間では、本件売買契約時に、被告阪口が本件土地建物を明渡すべきときには、被告会社は本件建物の占有部分から退去することを約したことが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

3  そうすると、被告会社は、残代金が被告阪口に支払われるのと引換えに、本件建物の占有部分から退去する義務がある。

三  被告阪口の損害賠償義務

1  前記甲四号証によれば、原告と被告阪口との間では、昭和六二年二月一九日被告阪口の申出により、本件売買契約による明渡しを同年三月三一日まで猶予し、同日に明渡しと残代金の支払いを引換えに行い、それまでの期間につき原告は損害の賠償を請求しない旨を約したことが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

被告阪口は同月三〇日原告に対し、本件売買契約を解除する旨の内容証明郵便を発送したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、この内容証明郵便は同月三一日午前に原告に到着したことが認められる。

この事実によると、被告阪口は同年四月一日以降本件売買契約による明渡し義務を遅滞しているものと解される。

2  しかしながら、買主が売買代金を完済していない場合は、買主は売買契約に基づく明渡し遅滞の損害金を請求することができず、このことは売主が明渡し遅滞の状況にある場合でも同一である(大審院大正四年一二月二一日判決・民録二一輯二一三五頁、大正一三年九月二四日判決・民集三巻四四〇頁、昭和一三年六月二七日判決・法律新聞四二九八号一六頁)。

ところが、原告は代金のうち三〇四六万六〇〇〇円を支払っていないのであるから、原告の契約に基づく損害金の請求は理由がない。

3  もっとも、被告阪口が既に本件売買代金のうち一億五〇〇〇万円の支払いを受けていること、原告は既に所有権移転登記を受けていることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告阪口は右支払いの代金を被告会社の債務弁済その他に利用して利用の利益を受けていること、請求原因4のとおり履行期が延期されたのは、被告阪口が移転先がみつからないとの理由で延期を求めたためであって、原告は早期の明渡しを希望しており、約定の明渡し時期には残代金を支払うことができる状態であったこと、原告が既に支払った代金は銀行からの借入により調達したのでその利息を支払わなければならないことが認められる。

4  しかしながら、このような場合であっても、売買物件の利用利益、管理費等と代金の利用収益とを簡易に精算しようとする民法五七五条の趣旨、原告に全額の損害賠償を認めると原告に残代金額運用利益につき二重の利得を許すこと、部分的な損害金請求(支払い代金額または引渡し物の価格に対応する部分の損害金の請求)を認めることは簡易な決済を予定する同条の趣旨に合わないこと、原告は残代金額を弁済供託することにより遅延損害金を取得できる方法があることを考慮すると、右3の事情のあることは、原告の損害賠償請求を認める根拠とはなりえないと解される(代金の一部弁済がされていた前記大審院大正一三年及び昭和一三年各判決参照)。

5  原告は被告阪口に対し、民法七〇九条又は商法二六六条の三第一項によっても損害金の請求をしている。

しかしながら、原告は売買代金を完済していない以上、本件不動産の利用利益は被告阪口に帰し、原告はこれを取得できないことは前判断のとおりであるから、その利用利益相当の損害を受けているとは言えない。

そのうえ、前記3認定の事実の下でも同被告の行為が原告に対する関係で債務不履行とはなっても不法行為を構成するとは解されず、他にそのように解させるに足る事実は認められない。

6  原告の被告阪口に対する損害賠償の請求はいずれも理由がない。

四  被告会社の損害賠償義務

1  原告は被告会社に対し、不法行為により損害金の請求をしている。

しかしながら、原告は、本件売買契約を完済していない以上、本件不動産の利用利益を取得できないから、被告会社が退去しないことによりその利用利益相当の損害を受けているとは言えない。

2  原告の被告会社に対する損害賠償の請求は理由がない。

五  結論

以上判断のとおり、原告の請求は主文一、二項の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条一項、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井関正裕)

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